nishi.org 業績まとめ

業績まとめ

メディアシステムの構築
Media system engineering

1978 - 1985 マイクロソフトにてパソコンの企画・設計を担当する。
マイクロソフト社にて、ビルゲイツ社長と。

西がマイクロソフトに在籍していたころのロゴ

パーソナルコンピュータの開発
キャラクター ユーザ インターフェース システム

8ビットシステム

1978 - NEC PCの開発に参画
NEC PC 8001, N-BASICを核とするNEC PC 8000シリーズの企画・開発を行った。日本のパソコンの歴史の原点。
NEC PC 8000シリーズ
1980 -

沖電気工業ビジネスパソコン if800を企画開発
OKITACに代表されるビジネスコンピューターで名を馳せた沖電気の依頼によりNECと差別化したパソコンを企画した。ディスプレイ、プリンター、フロッピー、モデムを内蔵したシステムを構築した。このコンピューターがIBMパソコンのモデルとなった。

OKI if800 MODEL20

16ビットシステム

1980 - IBM PCの開発に参画
MS-DOS, GW-BASIC, MS-Windows, MS-MOUSEの企画・開発.
IBM PC

GUIパーソナルコンピュータの開発

1982 - Microsoft MOUSEの開発商用化
Microsoft Windows 1.0、2.0の開発にともないポインティングデバイスとしてマウスが注目されていたが、高価であったため、安価なマウスを作ることになり、アルプス電気のトラックボールをベースにパソコン用のマウスを初めて開発した。西の手のなかにすっぽり収まる形にした。
Microsoft MOUSE
1983 - NEC PC100の開発に参画
MS-DOS 3.0, MS-Windows 2.0の企画・開発.
Windowsを搭載することを前提とした世界最初のパソコン。
NEC社内の政治闘争で敗れ生産は中止された。
ハードウェアの設計は松本吉彦(現東京工業大学教授)。
NEC PC100
1985 - FM-TOWNSにCD-ROMドライブ標準搭載を進言
Fujitsuがパソコンを開発するにあたり、WindowsとCD-ROMを組み合わせた電子出版プラットフォームとしてのパソコンを提案した。ソフトがないときは最も値段の高いCDオーディオプレーヤーと揶揄されたが、その後ほとんどのパソコンにCD-ROMドライブが搭載されるきっかけとなった。
Fujitsu FM-TOWNS

ローカルネットの開発

1981 - Ethernetの標準化とXerox、DEC、Intel、(マイクロソフト)
西和彦とBlair Newman(元SUMMA Corporation(ハワードヒューズの持ち株会社))は、Ethernetの発明者であるRobert M. Metcalfeに対して、「Xerox社は、Ethernetのパテントを解放し、MACアドレス発行事業に参入するべきだ」と提言した。同時にサーバのパートナーとしてミニコンのDEC、半導体のパートナーとしてIntel、ネットワークプリンタのパートナーとして、Xeroxの3社でEthernetの普及させようとする構想を立案した。当初、マイクロソフトもMS/DOSをEthernetにつなぐということで参加する予定であったが、見送られた。その後Metcalfは、3COMを設立した。
 
1982 - 日本最初のEthernet I/0ボードを輸入
3COM社最初の商品である、DEC社のPDP11用Ethernetボードを輸入し、NTT横須賀電気通信研究所および東京大学大型計算センターに納入。ハードウェアは存在したが、ソフトウェアが存在せず、NTT横須賀電気通信研究所と東京大学大型計算センターからソフトウェアの調達を要請される。
 
1983 - TCP/IPをEthernet上のプロトコルとして採用を決断
3COMのMetcalfeと共同して当時インターネットのノード間の伝送プロトコルであったTCP/IPをEthernetの標準プロトコルとして使用することをDARPA(国防高等研究開発機構)に要請し許可され、3COMとアスキーはその販売を開始した。
 
1984 - PCNFSの開発
Ethernet上でファイルを共有するためのソフトPCNFSを導入し、日本語化し提供をはじめた。
 

パソコンソフトの開発

- MS-DOS  
- DR-DOS  
- MS-Windows 1.0, 2.0  
- JG  
- Wings  
- CARD  
- CANDY  
- Informix  

ポータブルコンピュータの開発

1979 - CANON X-07R ハンドヘルドコンピュータ開発
CANON X-07R
1980 - EPSON HC-20 ハンドヘルドコンピュータ
EPSON HC-20
1981 - ハンドヘルドPCを開発-
Tandy M100, NEC PC8201,Olivetti M10へOEM納入
Tandy TRS-80 model M100
NEC PC8201
Olivetti M10
1984 - ハンドヘルドパソコンの拡張
大ヒットしたTANDY M100のディスプレイを拡大し、新型モデルを企画した。
TANDY M200
1984 - ラップトップPCを開発
640x400フルサイズの液晶とCGA互換のコントローラーのLSIを設計し、世界初のIBM互換ラップトップパソコンZ-180を開発
鳥取三洋電機が米国のZenith Data System社にOEMで納入
 
1995 - ポケットチャレンジ
携帯学習機 を企画・開発した。ベネッセコーポレーションにOEM供給した。単語カードを置き換えようとした。教材はROMカートリッジになっていた。
ポケットチャレンジ本体

ホームコンピュータの開発

1982 - MSX PCを開発
松下電器,ソニー,フィリップス,
他約16社へライセンス.
MSXロゴ
松下のMSX
ソニーのMSX
Philips(オランダ)のMSX
2000 -

100ドルパソコンの開発
開発途上国の子供たちのための、廉価なパソコンを開発。
8ビット Z80互換のFPGA CPUの開発を行った。

コンピュータ向け半導体の開発

1985 - グラフィックプロセッサー, オリジナルコンパチCPUの開発
最初に開発した半導体のYAMAHA設計チームと
西和彦とビル・ゲイツ
最初に設計したLSIのマスクプリントの前で
アスキーの半導体設計チーム
SILICON SOFTWARE のカタログ

グラフィック オーディオ プロセッサーの開発

   
ヤマハ社長 石村 和清 氏と
1985 - ビデオスプライトプロセッサー開発
MSX2に使用するためにスプライトとグラフィックスが表示可能なプロセッサーをYAMAHAと共同で開発した。このLSI V9938は、500万本以上生産され米AT&T社情報端末にも採用された。
V9938
ビデオディスプレイコントローラ
1986 - MSX-Audio
オーディオ ミュージック コントローラ
1987 - IBM PC互換液晶ディスプレイコントローラー開発
ノートPCに使用するためのIBM PC互換チップを設計した。マウスインターフェースのWindowsの完成を予想して搭載した。最初のユーザーはゼニス・マイクロシステム、独立系パソコンメーカーの工人舎のポータブルコンピュータに採用された。

LCDC V6355
LCDディスプレイコントローラー

オリジナルコンパチCPU(8/16/32ビット)の開発

1989 - R800 互換CPUの開発
ZILOG社 CPU Z80完全互換の高速版CPUを開発した。互換性とライセンスの正当性を保証するために、R800はZILOG社にライセンスされた。ZILOG社からは、Z80のライセンスを取得した。
RISC型 CPU R800
1990 -  
マイクロコンピュータの誕生「わが青春の4004」出版記念会
1991 - オリジナル互換CPU開発
オリジナルな16ビットCPUをマイクロコンピューター発明者 嶋正利 と共に開発。
VM860
1992 - オリジナル互換CPU開発
オリジナルな32ビットCPUをマイクロコンピューター発明者 嶋正利 と共に開発。
VM8600
1996 - AMD K6(NexGen 686)マイクロプロセッサの開発に参画
インテル互換マイクロプロセッサの開発に成功した唯一の会社、ネクスジェンマイクロシステムに投資・参画し、株式公開を経てAMDと合併.
NexGen686マイクロプロセッサ

静電誘導トランジスタの開発

2007 - 静電誘導トランジスタ パワーアンプ
静電誘導トランジスタ発明者の西澤潤一博士と
2000 - 2SK77B
第3世代の静電誘導トランジスタを東北大学の半導体研究所で産学協同プログラムに参加して開発製造した。このトランジスタはデジタルドメイン社のパワーアンプに使用された。

第1世代のSITはYAMAHAが開発した。第2世代のSITは東北金属が開発した。第3世代のSITは、最初SRCが開発し、その成果を受け継ぎデジタルドメインが完成させた。
2SK77Bのウエハー
2SK77B 2SK77B
2007 - 2SK78Bと2SJ78Bと2SK278B
デジタルドメイン社のパワーアンプの信号増幅用にNチャンネル静電誘導トランジスタとTチャンネル静電誘導トランジスタを開発製造した。またカレントミラー回路に対応するため、トランジスタツインを同一パッケージに封入した静電誘導トランジスタも開発製造した。
2SK78Bと2SJ78Bと2SK278B 2SK278Bと2SJ78Bと2SK78B

デジタル圧縮のアルゴリズムの研究

1990 - MPEGオーディオの開発標準化に参画
現在ではMP3としてデジタルオーディオの標準となった.
Digital Audio Digital Video圧縮の標準化会合を提唱
DAVIC協議会で決定された画像圧縮仕様
MPEGのたたき台となった。
1990 - MPEGビデオの開発と標準化に参画
パソコンで最も広く使われているデジタルビデオ圧縮方式の標準化活動を推進.
日刊工業新聞社よりMPEGエンコーダの開発で新製品賞を受賞。

ハイエンドコンピューターシステムの構築

2000 - ハイエンドパソコン・パソコンクラスタによるスーパーコンピュータの設計
Visual Technology 川股社長と
Visual Technology ロゴ

32ビット / 64ビット メディアプレーヤーPC

2001 -

メディアセンターPCの商品化
ハイエンドオーディオトランスポートとしてWindows/メディアセンターPCを搭載したパソコンを企画、開発した。音質を重視し、マザーボード、グラフィックボード、シリアルインターフェース、アナログ電源等を選びインテグレーションした。

ビジュアルテクノロジー「VT-100」
2002 -

先に開発したメディアセンターPCの廉価版モデル。

ビジュアルテクノロジー「VT-50」
2015 - ddm パソコンプレイヤーに続く
Pー2

64ビット ワークステーション・スーパーコンピュータ システム

2002 -

日本初の64ビットPCの商品化
AMD64ビットCPUを使用したタワーパソコンを開発。

 

VT64
2003- 日本最高速のパソコンクラスターを開発
AMD64ビットCPUを512基使用して、日本最高速(世界67位)のパソコンクラスターを開発
SUPERNOVA

衛星通信・衛星放送 システムの開発

1988 - 衛星放送、衛星通信開発会社の経営
IDCシステムに使用したJCSAT1号機の模型
IDC(International Datacasting Corporation)のロゴ
1985 - データ放送システムの開発と実証実験
ケーブルテレビを利用したデータ放送システムを開発した。長野県のレークシティケーブルテレビジョンと共同で、実証実験を行った。高速のQPSKモデムを使ってハードディスクの内容を放送し、受信機にはMSXパーソナルコンピューターを接続した。
1988 - 通信衛星を利用したVSATシステムの開発
128kのISDNをサポートするVSATシステムをNTTの注文を受け開発
VSAT用 パラボラアンテナ
VSAT用 加入ターミナル(DSU)
1988 -

ISDN VSATシステムのHUB局の開発
VSATシステムを統括するHUB局のシステムを開発した。離島および移動体向けISDNサービスを実現させた。

IDC(International Datacasting Corporation)とは、アスキーが出資したカナダの衛星通信会社。西和彦はCEOとしてこのシステムをNTTからTRAC IIIで受注。IDC社はのちにモントリオール株式取引所に上場した。

同様のシステムは、南米コロンビアで50以上の地震計のデータ収集ネットワークとして採用された。

HUB局パラボラアンテナ
センター装置

ハイエンドオーディオシステムの開発

2005 -

長年続けてきたオーディオ研究をさらに発展させて事業化することを決心した。まず、静電誘導トランジスタ(SIT)を使ったアンプ、マルチビットDACを使ったDAコンバーターを開発した。スピーカーやアナログプレイヤーなど、ハイエンドオーディオ全般に取り組んでいる。

持田康典氏と
デジタル ドメイン ロゴ
D1とB1とLC-1N、LC-1W
2007 - 静電誘導トランジスタ パワーアンプ
B-1a
SITメインアンプ
2008年度 グッドデザイン・中小企業庁長官賞 トロフィー
2008年度 グッドデザイン・中小企業庁長官賞 表彰状
2008年度グッドデザイン賞 表彰状
2008 - マルチビット DA コンバーター
世界最高級といわれるDAコンバータモジュール設計者 MSBテクノロジー社長 ガルマン氏と
D-1a
マルチビットDAコンバータ
2012 - GPSカウンター付 ルビジウムクロック
G-2Rb
2015 - パソコンプレーヤー  
2010 - 同軸スピーカーとサブウーファー
LC-1N, LC-1W
同軸スピーカー サブウーハー
2014 - 静電誘導トランジスタ プリアンプ
C-2d

グループウェアプラットフォームの構築

1993 -

グループウェアとしてFirstClassの開発協力
国際大学GLOCOMにて大学研究所のようなアカデミックで多数の研究者が協力しながら仕事を進めていく環境のためにグループウェアが必要であるということを認識し、カナダ製グループウェア開発会社に資金援助と西が必要と考えるリモートデスクトップ機能を設計し、開発を依頼した。アスキーがファンドに売却されたあと、グループウェア事業は独立した。

FirstClassサーバ パッケージ

インターネットカメラ ビジネスモデルの構築

1996 - PLANETARY DIALOGU
ユネスコ世界遺産のサイトにインターネットカメラを設置する発願した。独立して事業が展開できるようなビジネスモデルを設計しビジネスプランにまとめあげた。最初のスポンサーにアスキーが名乗りを上げたが、時期尚早で中止になった。
PLANETARY DIALOGU

クリエーター・プロデューサーとして

  • ブックス(出版・電子出版・ライブラリー)
1995 -

蔵書が5万冊を超えたので、個人ライブラリーを開設。

図書館に来訪された林望氏と(ITの未来を読む365冊+α)
西和彦の個人図書館

1978年(昭和53年)アスキー出版を創業し、月刊アスキー、週刊アスキーを立ち上げた。

1978 - パソコン月刊誌
「月刊アスキー」創刊-

日本初のパーソナルコンピュータに的を絞った出版事業を展開.
月刊ASCII創刊号

-

パソコン週刊誌
「週刊アスキー」創刊-

創業20周年記念事業として日本初の週間パソコン情報誌を発行部数30万部に.
週刊ASCII創刊号
週刊アスキー最終号
1979 - Basic Computer Games 日本語版
米コンピューター雑誌Creative Conputerの出版したBASIC ゲーム集のソースリストを出版した。日本で最初のパソコン向けプログラム集。
Basic Computer Games 日本語版
   
PC8001 ゲーム集+TAPE
1985 - テクニカルライティング出版の確立
ソフトウェアの説明書を翻訳、オリジナルで出版するなど、技術マニュアルの出版事業を手がてた。
MS-DOS3.1ハンドブック
1985 -  
MS−DOSプログラマーズハンドブック
1985 -  
MS-DOSプログラミングテクニック
2000 - アスキーから退き、出版事業から撤退した。  
2010 - 10年ぶりに出版事業にふたたび参入して、「アゴラブックス:現アカシックライブラリー」を池田信夫と共に設立。  
2011 - 電子出版開発会社「アカシックライブラリー」社長。現任。
電子出版会社のアカシックライブラリーでは、電子出版のシステムを出版社や個人に提供し、また、古今の名著を再版する活動を行っている。
 
2014 - アスペクト出版局の出版電子化受注  

機械翻訳プラットフォームの構築

2001 - 自動翻訳のための共通言語仕様を提唱
国際連合大学高等研究所にて国連公用語間の文書の翻訳が瞬時に可能なように、機械翻訳のための基礎、応用研究を開始した。国連公用語である英語をベースにした中間言語を詳しく定義することにより、ネットワークベースのシステムは完成している。
UNLシステムのロゴ

電子出版プラットフォームの構築

2010 - 電子出版のためのインフラ構築を行った。端末に依存しないウェブブラウザベースの電子出版プラットフォームを構築している。
アカシックライブラリのロゴ

アート(グラフィックス・写真制作・デザイン)

- 中学時代より写真の現像・引き延ばしの技法を習得し、写真作品を製作している。 高校時代よりシルクスクリーン印刷による版画の技法を習得し、シルクスクリーン作品を製作した。 この経験はプリント基板の制作や半導体のエッチングに対する感覚として、受け継がれている。
 
- マルク・シャガールのリトグラフ作品を1000点以上収集した。このコレクションは高知県立美術館に収納されている。  
- 米国メトロポリタン美術館の客員委員に選ばれ、主に21世紀の現代美術とインターーネットと美術館運営についての提案をルアーズ館長、ホーキンズ副館長に続けた。これによってメトは早くから世界で一番進んだWEBサイトを運営してきた。  
- デザイナー田中一光とコラボレーションし、ポスターをプロデュースした。
一つはアスキー再生のシンボルポスター。
二つ目は、日本機械学会100周年記念のシンポジウムポスター。
三つ目は、国際連合大学高等研究所主催のシンポジウムのポスター。
 
- ミニマリズムを掲げてオーディオ機器のデザインを行った。GKデザイン研究所と共同で製作しグッドデザイン賞受賞した。  

アートコレクション

-  
大徳寺 立花大亀和尚の「明日来」とともに
- 企業人の大茶人、益田孝、松永安左エ門、松下幸之助にあこがれ、茶道裏千家に入門した。同時に茶道具の収集を行ったが、アスキーの経営危機に際して売却した。一部はCSKによってクリスティーズでオークションされた。 価値のある美術品を売却した後に残った美術参考資料を中心に研究に方向性を変更し、続いている。
『淡交 [別冊] 愛蔵版 3月号』淡交社、1991年
茶道をはじめた動機とその背景をインタビューされ答えた。美術品収集と茶道に関する考えを述べた。

シネマ(映画 製作・配給)

- ベム・ベンダースの「夢の果てまで」  
- エド・ブラナー「ヘンリー5世」  
- エドワード・プレスマン「ホミサイド」  
1990 -

ジョン・アブネット監督「フライド・グリーン・トマト」をエクゼクティブプロデューサーとして製作

映像編集中
-

カンヌ映画祭ににおいて、フランス「ル・モンド」紙の主催する「映画の未来」でプレゼンテーションした。

 
- アスキー映画 500本の配給をビデオ、DVDにした。  
- 試写室を作った  

映画制作・配給

1989 - ヘンリー5世
ケネス・ブラナーが監督した英国映画に出資した。また、日本で配給の企画を行った。
ヘンリー5世
1990 - プレスマンフィルム
1991- ハリウッドに映画制作会社 Electronic Shadow Productions を設立し、映画「フライド・グリーン・トマト」をエクゼクティブプロディユーサーとして原作選定、脚本、キャスティング、編集、音楽を指揮した。アカデミー賞の候補になり、1年間のロングランを記録した。
エレクトリックシャドープロダクションのチーム 「フライド・グリーン・トマト」を製作
アカデミー賞受賞の女優2人を起用。
キャッシー・ベイツとジェシカ・タンディー
フライド・グリーン・トマト
DVDパッケージ

ミュージック(クラシック音楽 製作・録音)

1999 - ザルツブルグ音楽祭の後援で21世紀のための合唱付き交響曲「平和のシンフォニー」を制作した。シンフォニーの作曲はフリップ・グラスに委嘱し、ザルツブルグ音楽祭で世界初演された。
プロデュースしたコンサートのリハーサルにて
  コンサートの企画を20回以上行ってきた。
また、コンサートを録音して、CDを出版した。
Mostly Classic 表紙

音楽制作・出版

2000 - ウィーン・フィルの名録音の3レーベル DECCA, ドイツ・グラモフォン, Philips と提携し、CD全集全40巻を創刊。
ウィーン・フィル世界の名曲
CDパッケージ
2006 - ACT4 ジョセフィーヌの音楽 製作
ナポレオンの居城であったマルメゾンのサロンで、ジョセフィーヌが好んで演奏させていたと思われる音楽のコレクション。ナポレオン・ディナーで演奏されたものを、スタジオで再録音した。デンマーク製の最高級マイクで収録。一曲目はエコーなどの処理をしないピユア録音版。
ジョセフィーヌのサロンのCDパッケージ

アーキテクチュアル デザイン

- 住宅・集合住宅 旧吉田邸レストアー デザイン
NYトランプパーク インテリア
パリ Apartment
白金アパートレストアー
須磨マンションリノベーション
葉山アパートプロジェクト
八ヶ岳ログハウスプロジェクト
古今青柳 プロデュース
原宿集合住宅ビラデステプロジェクト
- オフィス・オフィスビルディング 代々木オフィスレイアウトデザイン
神田TSビル リノベーション
上野中央ビル リノベーション
代々木プライベートライブラリー デザイン
大宮テレビタワープロジェクト
神戸ミュージアムタワープロジェクト
- リゾート開発・ホテルデザイン アマンタミ
アマンウミ
アマンニワ
アマンサマーパレス
サーフサイドビレッジ三崎プロジェクト
高島白浜リゾートプロジェクト
西表島ビーチリゾートプロジェクト
- 大規模都市開発 つもだてエアーリフトキャンパスプロジェクト

エンスー・メカニックとして

  • 自動車
LANCIA THEMA 832のフェラーリエンジン

WEBメディア対談:
 対談:西和彦×田中栄(前編)――「だから日本車は買わない」
 対談:西和彦×田中栄(後編)――「クルマはサービス業になる」
日経BPのシンポジウム:
 基調セッション「『セクシー』で『クレイジー』なクルマとは」
 において、西自らの自動車観を語っている。

日経BPのクライアントのために「電気自動車への移行の近未来」というコンサルティングを行った。

  • 船舶
はまゆう

ヘリコプターと同じようにGPS、魚群探知機、自動操縦、近海用安全装置、燃料タンク増漕、エンジンチューンアップなど、その船体には大きめの航法システムを搭載したクルーザーを設計。この船舶は後に安全性が評価され事業用に売却された。

雨の中で試運転中
  • 航空機

1989年(平成1年)長年の夢であったヘリコプター(350B2)を購入(JA6066)し、GPS表示機、自動操縦、水上着水フロート、燃料タンク増漕など、その機体には大きめの航法システムと安全装置を企画設計し、フランスのエアロスパシアル社で立ち会い実装した。ヘリコプターは後にオーストラリアに売却した。

350B2 拡張仕様を装備した自家用ヘリコプター(浦安のハンガー)

2008年(平成21年)米国のAIR FORCE ONE、NEACAPなどの研究を行い、「政府専用機のあるべき姿」についての提案をまとめた。 政府専用機の改修時に提案は一部採用された。

eclipse 500の離陸前の写真。後ろの商用機と比べるとその小ささが判る。

2010年(平成22年)マイクロソフト時代の同僚であったバーン・レイバーンが創立したEclipse Aviationの超小型プライベートジェットの販売を日本代理店として企画、CA13の対空証明に向けて書類を作成した。その後、Eclipseのオーナーが代わり、日本への輸入はなくなり西は航空機輸入事業から撤退した。

ベンチャービジネス経営
Venture business administration

1977 - 株式会社アスキーの創業
店頭公開時の創業メンバー。左から郡司明郎、塚本慶一郎、西和彦。
アスキーのロゴ
   
ASCII COMPANY RESUME 1983
ASCII CORPORATE PROFILE 1984
ASCII CORPORATE PROFILE 1985
ASCII CORPORATE PROFILE 1986
1987- アスキー社長に就任
・42億円の第3者割当増資を実行
・マイクロソフト関連事業を失ったアスキーの事業の再編
・株式の公開準備
などを行った。
ASCII CORPORATE PROFILE 1987
ASCII CORPORATE PROFILE 1988
1989 - 株式会社アスキーの株式店頭公開
出版事業とソフト事業で年商300億円を達成した最年少(当時)の社長.
日本証券業協会より株式店頭登録をいただく。
アスキー株式店頭公開公告のトゥームストーン
ASCII CORPORATE PROFILE 1989
ASCII CORPORATE PROFILE 1989(英語版)
ASCII CORPORATE PROFILE 1990
1990 - 銀行16行による協調融資組成とリストラ-
バブル破裂に先立ち、アスキーのリストラに着手し 事業部制を導入し、先を見た経営に本格的に取り組む.
ASCII CORPORATE PROFILE 1991
アスキー役員と共に、日本興業銀行の木下茂樹氏(右から3番目)と。木下氏はアスキーのリストラに親身になってご指導いただいた。いわばアスキーの半沢直樹である。
ASCII CORPORATE PROFILE 1997
2000 - CSKグループ入り
第三者割り当て増資によりCSKから150億円の出資を仰ぐ 金融資本に加えて、産業資本による企業体質強化
CSK創業者 大川功氏と

ベンチャー投資
Venture startup investments

1985 - 2000

ベンチャー投資
ベンチャーキャピタリストの先駆として、米州の16社に投資し株式上場・会社売却をおこなった.

投資してIPOした会社
・CHIPS and Technologies(NASDAQ)
・Integrated Silicon Devices(NASDAQ)
・Integrated Information Technologies(NASDAQ)
・Nexgen Microsystems(NASDAQ)
・PictureTel(NASDAQ)
・International Datacasting(Montreal)
・Macromedia(NASDAQ)

・Informix(NASDAQ)

投資してM&Aされた会社
・Digital Research(Novelに)
・Power Computing(Appleに)
・Soft Arc(OpenTextに)

教養教育
Teaching liberal arts

Liberal Arts

高校での教養教育
受験教育で敬遠されがちな音楽、美術、技術、家庭、体育、保健などの教養科目のカリキュラムを再検討し、学習指導要領の範囲内で楽しい参加型授業を実現した。

 

総合教育
Teaching self management

Leadership リーダーシップ教育
須磨学園高等学校の生徒会役員と教員推薦者を対象にリーダーとしての心得を講義。2011年から。
リーダーシップ講義

メディアシステム教育
Teaching media system

Technology

メディアシステム工学
尚美学園大学・大学院
工学院大学
マサチューセッツ工科大学 メディアラボ
早稲田大学・大学院GITI
東京大学 工学部

パソコン、インターネット、コンテンツを電話、テレビ、郵便、出版、新聞等の従来からのメディアと関係付けを行い体系化。

マサチューセッツ工科大学メディアラボで開催されたシンポジウムでポスター発表。
東京大学工学部『産業総論』1993年5月19日
東京大学工学部『産業総論』1996年5月15日
Management ベンチャー経営学 / プロジェクトマネジメント
埼玉大学・大学院
尚美学園大学・大学院
東京大学 工学部

ベンチャービジネスに必要な意志決定手法やリーダーシップ理論を学部、大学院修士課程、博士課程で講義。ビジネスの成功と失敗の本質を体系化.
宮城大学での授業風景。

nishi.org

〒110-0005 東京都台東区上野7-11-6 上野中央ビル 2F
phone:03-5827-4115 / fax:03-5827-4116 / e-mail:info@nishi.org