業績
アスキー
- 株式会社アスキーの創業
- アスキーの事業多角化
- アスキーの株式公開
- ベンチャーキャピタル
- アスキーのリストラ
マイクロソフト
- マイクロソフトBASICの拡張と日本への販売
- MS-DOSの開発
- GW-BASICの開発
- 16ビットIBMパソコンキーボードのレイアウト
- 8ビットMSXパソコン規格の開発
- マイクロソフトWindows1.0/2.0の企画開発
- マイクロソフトMouseの開発
- CD-ROMをWindowsのメディアに採用
- マイクロソフトプレスを始める
- サブロジックフライトシュミレーターをマイクロソフトにリクルート
須磨学園
- 高等学校の進学校化
- 中学校の設置と6年一貫教育の実施
- 夙川中学校高等学校の設置と6年一貫教育の実施
大学関係
- 国際大学グローコムを改組しインターネット社会学研究に特化し産学協同プログラム展開
- 国際連合大学高等研究所で国際関係の研究と機械語翻訳
- マサチューセッツ工科大学メディアラボでユニバーサルノレッジ計画を推進
- 尚美学園大学設置委員、尚美学園大学大学院設置委員、尚美学園大学新学科設置委員
- 東京大学大学院工学系研究科でIoTメディアラボラトリーディレクター
- NPO法人 IoTメディアラボラトリー理事長
建築都市計画研究
- オフィス
- レジデンス
- ホテル
- 中学高校大学キャンパスマスタープラン
- 工業団地・物流団地・データセンター企画設計
- 大規模開発計画・都市計画
ベンチャービジネス経営
Venture business administration
アスキーの創業
1977 - | 株式会社アスキーの創業 |
![]() 左から郡司明郎、塚本慶一郎、西和彦。 ![]() |
1986- | アスキー社長に就任 ・42億円の第3者割当増資を実行 ・マイクロソフト関連事業を失ったアスキーの事業の再編 ・株式の公開準備 などを行った。 |
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1987- |
1978年(昭和53年)アスキー出版を創業し、月刊アスキー、週刊アスキーを立ち上げた。
1978 - | パソコン月刊誌 「月刊アスキー」創刊- 日本初のパーソナルコンピュータに的を絞った出版事業を展開. |
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パソコン週刊誌 「週刊アスキー」創刊- 創業20周年記念事業として日本初の週間パソコン情報誌を発行部数30万部に. |
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1979 - | Basic Computer Games 日本語版 米コンピューター雑誌Creative Conputerの出版したBASIC ゲーム集のソースリストを出版した。日本で最初のパソコン向けプログラム集。 |
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PC8001 ゲーム集+TAPE
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1985 - | テクニカルライティング出版の確立 ソフトウェアの説明書を翻訳、オリジナルで出版するなど、技術マニュアルの出版事業を手がてた。 |
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1985 - | ![]() |
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1985 - | ![]() |
グラフィックス・写真・デザイン制作
- | 中学時代より写真の現像・引き延ばしの技法を習得し、写真作品を製作している。 高校時代よりシルクスクリーン印刷による版画の技法を習得し、シルクスクリーン作品を製作した。 この経験はプリント基板の制作や半導体のエッチングに対する感覚として、受け継がれている。 |
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- | マルク・シャガールのリトグラフ作品を1000点以上収集した。このコレクションは高知県立美術館に収納されている。 | |
- | 米国メトロポリタン美術館の客員委員に選ばれ、主に21世紀の現代美術とインターーネットと美術館運営についての提案をルアーズ館長、ホーキンズ副館長に続けた。これによってメトは早くから世界で一番進んだWEBサイトを運営してきた。 | |
- | デザイナー田中一光とコラボレーションし、ポスターをプロデュースした。 一つはアスキー再生のシンボルポスター。 二つ目は、日本機械学会100周年記念のシンポジウムポスター。 三つ目は、国際連合大学高等研究所主催のシンポジウムのポスター。 |
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- | ミニマリズムを掲げてオーディオ機器のデザインを行った。GKデザイン研究所と共同で製作しグッドデザイン賞受賞した。 |
パソコン アプリケーションソフトの開発
- | JG | 日本で最初のDTP型ワープロを共同開発。 |
- | Wings | Informix社の表計算ソフトを日本語化。 |
- | CARD | オリジナルのパーソナルデータベースソフト |
- | Informix | Informix社に投資、株式公開。のちに事業部門を売却、株式売却。 |
音楽出版
2000 - | ウィーン・フィルの名録音の3レーベル DECCA, ドイツ・グラモフォン, Philips と提携し、CD全集全40巻を創刊。 |
![]() CDパッケージ |
音楽作曲委嘱・コンサート企画、録音、CD出版
2006 - | ACT4 ジョセフィーヌの音楽 製作 ナポレオンの居城であったマルメゾンのサロンで、ジョセフィーヌが好んで演奏させていたと思われる音楽のコレクション。ナポレオン・ディナーで演奏されたものを、スタジオで再録音した。デンマーク製の最高級マイクで収録。一曲目はエコーなどの処理をしないピユア録音版。 |
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1999 - | ザルツブルグ音楽祭の後援で21世紀のための合唱付き交響曲「平和のシンフォニー」を制作した。シンフォニーの作曲はフリップ・グラスに委嘱し、ザルツブルグ音楽祭で世界初演された。 | ![]() |
コンサートの企画を20回以上行ってきた。 また、コンサートを録音して、CDを出版した。 |
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コマーシャル制作
1985 - | MSX 100万台キャンペーンのための特別番組に放送されたMSXと株式会社アスキーのイメージコマーシャル |
映画共同制作、単独制作・外国映画配給
- | ベム・ベンダースの「夢の果てまで」 | |
1989 - | ヘンリー5世 ケネス・ブラナーが監督した英国映画に出資した。また、日本で配給の企画を行った。 |
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1990 - | プレスマンフィルム | ![]() |
- | エドワード・プレスマン「ホミサイド」制作 | 日本で配給 |
1990 - | ジョン・アブネット監督「フライド・グリーン・トマト」をエクゼクティブプロデューサーとして製作 |
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- | カンヌ映画祭ににおいて、フランス「ル・モンド」紙の主催する「映画の未来」でプレゼンテーションした。 |
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- | アスキー映画 500本の配給をビデオ、DVDにした。 | |
- | 試写室を作った |
映画日本配給・ハリウッドで映画制作
1990 - | アメリカベストロン社の映画200本を日本に配給 | |
1991- | ハリウッドに映画制作会社 Electronic Shadow Productions を設立し、映画「フライド・グリーン・トマト」をエクゼクティブプロディユーサーとして原作選定、脚本、キャスティング、編集、音楽を指揮した。アカデミー賞の候補になり、1年間のロングランを記録した。 | ![]() ![]() キャッシー・ベイツとジェシカ・タンディー ![]() ![]() DVDパッケージ |
コンピュータ向け半導体の開発
1985 - | グラフィックプロセッサー, オリジナルコンパチCPUの開発 |
![]() ![]() 西和彦とビル・ゲイツ ![]() ![]() ![]() |
CPU(8/16/32/64ビット)の開発
1989 - | R800 互換CPUの開発 ZILOG社 CPU Z80完全互換の高速版CPUを開発した。互換性とライセンスの正当性を保証するために、R800はZILOG社にライセンスされた。ZILOG社からは、Z80のライセンスを取得した。 |
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1990 - |
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1991 - | オリジナル互換CPU開発 オリジナルな16ビットCPUをマイクロコンピューター発明者 嶋正利 と共に開発。 |
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1992 - | オリジナル互換CPU開発 オリジナルな32ビットCPUをマイクロコンピューター発明者 嶋正利 と共に開発。 |
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1984 - | CHIPS and Technologies社のIBM PC/AT 互換チップを使ったマザーボード。 インテルの286 CPU以外は全部CHIPS社のASICで互換機を作ることがはじめて可能になった。 |
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1986 - | 同社の386 互換機のためのASIC群を搭載したマザーボード。286に比べて約2倍のパフォーマンスをあげることができた。 | ![]() |
1993 - | NexGen 586マイクロプロセッサの開発に参画 インテル互換マイクロプロセッサの開発に成功した唯一の会社、ネクスジェンマイクロシステムに投資・参画した。株式公開。 |
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1993 - | NexGen 586 CPUを使ったPCIマザーボードを開発。インテルよりも早いスピード、AMD 586よりも小さなチップサイズの当時としては最速のパソコンマザーボードを実現。 | ![]() |
1996 - | AMD K6(NexGen 686)マイクロプロセッサの開発に参画 インテルよりも高速な互換マイクロプロセッサの開発に成功した唯一の会社、ネクスジェンマイクロシステムはAMDと合併し、AMDの次世代マイクロプロセッサATHRON等を開発。 |
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グラフィックプロセッサーの開発
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1985 - | ビデオスプライトプロセッサー開発 MSX2に使用するためにスプライトとグラフィックスが表示可能なプロセッサーをYAMAHAと共同で開発した。このLSI V9938は、500万本以上生産され米AT&T社情報端末にも採用された。 |
![]() ビデオディスプレイコントローラ ![]() ビデオディスプレイコントローラ |
1986 - |
![]() ビデオセットトップボックス パチンコシステム向け コントローラ |
1987 - | IBM PC互換液晶ディスプレイコントローラー開発 ノートPCに使用するためのIBM PC互換チップを設計した。マウスインターフェースのWindowsの完成を予想して搭載した。最初のユーザーはゼニス・マイクロシステム、独立系パソコンメーカーの工人舎のポータブルコンピュータに採用された。 |
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デジタル圧縮のアルゴリズムの研究
1990 - | MPEGオーディオの開発標準化に参画 現在ではMP3としてデジタルオーディオの標準となった. |
![]() ![]() MPEGのたたき台となった。 |
1990 - | MPEGビデオの開発と標準化に参画 パソコンで最も広く使われているデジタルビデオ圧縮方式の標準化活動を推進. |
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オーディオ向け静電誘導トランジスタの開発
2007 - | 静電誘導トランジスタ パワーアンプ |
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2000 - | 2SK77B 第3世代の静電誘導トランジスタを東北大学の半導体研究所で産学協同プログラムに参加して開発製造した。このトランジスタはデジタルドメイン社のパワーアンプに使用された。 第1世代のSITはYAMAHAが開発した。第2世代のSITは東北金属が開発した。第3世代のSITは、最初SRCが開発し、その成果を受け継ぎデジタルドメインが完成させた。 |
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2007 - | 2SK78Bと2SJ78Bと2SK278B デジタルドメイン社のパワーアンプの信号増幅用にNチャンネル静電誘導トランジスタとTチャンネル静電誘導トランジスタを開発製造した。またカレントミラー回路に対応するため、トランジスタツインを同一パッケージに封入した静電誘導トランジスタも開発製造した。 |
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衛星放送・衛星通信 システムの開発
1988 - | 衛星放送、衛星通信開発会社の経営 |
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1985 - | データ放送システムの開発と実証実験 ケーブルテレビを利用したデータ放送システムを開発した。長野県のレークシティケーブルテレビジョンと共同で、実証実験を行った。高速のQPSKモデムを使ってハードディスクの内容を放送し、受信機にはMSXパーソナルコンピューターを接続した。 |
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1988 - | 通信衛星を利用したVSATシステムの開発 128kのISDNをサポートするVSATシステムをNTTの注文を受け開発 |
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1988 - | ISDN VSATシステムのHUB局の開発 |
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電子出版プラットフォームの構築
2010 - | 電子出版のためのインフラ構築を行った。端末に依存しないウェブブラウザベースの電子出版プラットフォームを構築している。 |
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グループウェアプラットフォームの構築
1993 - | グループウェアとしてFirstClassの開発協力 |
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機械翻訳プラットフォームの構築
2001 - | 自動翻訳のための共通言語仕様を提唱 国際連合大学高等研究所にて国連公用語間の文書の翻訳が瞬時に可能なように、機械翻訳のための基礎、応用研究を開始した。国連公用語である英語をベースにした中間言語を詳しく定義することにより、ネットワークベースのシステムは完成している。 |
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インターネットカメラ ビジネスモデルの構築
1996 - | PLANETARY DIALOGU ユネスコ世界遺産のサイトにインターネットカメラを設置する発願した。独立して事業が展開できるようなビジネスモデルを設計しビジネスプランにまとめあげた。最初のスポンサーにアスキーが名乗りを上げたが、時期尚早で中止になった。 |
アスキーの株式公開
1989 - | 株式会社アスキーの株式店頭公開 出版事業とソフト事業で年商300億円を達成した最年少(当時)の社長. |
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1989 - | 株式会社アスキーの株式店頭公開 出版事業とソフト事業で年商300億円を達成した最年少(当時)の社長. |
アートコレクション
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- | 企業人の大茶人、益田孝、松永安左エ門、松下幸之助にあこがれ、茶道裏千家に入門した。同時に茶道具の収集を行ったが、アスキーの経営危機に際して売却した。一部はCSKによってクリスティーズでオークションされた。 価値のある美術品を売却した後に残った美術参考資料を中心に研究に方向性を変更し、続いている。 | ![]() 茶道をはじめた動機とその背景をインタビューされ答えた。美術品収集と茶道に関する考えを述べた。 |
ベンチャーキャピタル
Venture startup investments
1985 - 2000 | ベンチャー投資 |
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1985 - 2000 | 投資してIPOした会社 |
アスキーのリストラ
1990 - | 銀行16行による協調融資組成とリストラ- バブル破裂に先立ち、アスキーのリストラに着手し 事業部制を導入し、先を見た経営に本格的に取り組む. |
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CSKグループ入り
2000 - | CSKグループ入り 第三者割り当て増資によりCSKから100億円の出資を仰ぐ 金融資本に加えて、産業資本による企業体質強化 |
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2000 - | アスキーから退き、出版事業から撤退した。 | |
2010 - | 10年ぶりに出版事業にふたたび参入して、「アゴラブックス:現アカシックライブラリー」を池田信夫と共に設立。 | |
2011 - | 電子出版開発会社「アカシックライブラリー」特別顧問。 電子出版会社のアカシックライブラリーでは、電子出版のシステムを出版社や個人に提供し、また、古今の名著を再版する活動を行っている。 |
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2014 - | アスペクト出版局の出版電子化受注 |
メディアシステムの構築
Media system engineering
1978 - 1985 | マイクロソフトにてパソコンの企画・設計を担当する。 | ![]()
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パーソナルコンピュータの開発
キャラクター ユーザ インターフェース システム
8ビットパーソナルシステム
1978 - | NEC PCの開発に参画 NEC PC 8001, N-BASICを核とするNEC PC 8000シリーズの企画・開発を行った。日本のパソコンの歴史の原点。 |
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1980 - | NEC PC6000の開発に参画 ROMカートリッジをIOにも使う考え方を初めて導入した。 |
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1981 - | スペクトラビデオ SVI- 318の開発に参画 |
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SVI-328 | ![]() |
ホームコンピュータの開発
1982 - | MSX PCを開発 松下電器,ソニー,フィリップス, 他約16社へライセンス. ![]() |
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1982 - | MSX PCを開発 松下電器,ソニー,フィリップス, 他約16社へライセンス. |
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2000 - | 100ドルパソコンの開発 |
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2022 - | 100ドルパソコンの開発 |
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2022 - | IoT向けシステムの開発 IoTセンサーを繋ぐポケットコンピューターを企画し、クラウドと結合して実用的なIoTシステム MSX 0を構築した。 |
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ポータブルコンピュータの開発
1979 - | CANON X-07R ハンドヘルドコンピュータ開発 | ![]() |
1980 - | EPSON HC-20 ハンドヘルドコンピュータ | ![]() |
1981 - | EPSON HC-40 ハンドヘルドコンピュータ | ![]() |
1982 - | ハンドヘルドPCを開発- Tandy M100, NEC PC8201,Olivetti M10へOEM納入 |
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1984 - | ハンドヘルドパソコンの拡張 大ヒットしたTANDY M100のディスプレイを拡大し、新型モデルを企画した。 |
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1995 - | ポケットチャレンジ 携帯学習機 を企画・開発した。ベネッセコーポレーションにOEM供給した。単語カードを置き換えようとした。教材はROMカートリッジになっていた。 |
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ビジネスパーソナルコンピュータの開発
8ビットビジネスシステム
1980 - | 日立製作所BASIC マスターLEVEL3パソコンの開発に参画 IOのプラグインカードにROMでドライバーソフトウェアを搭載したプラグアンドプレイの原点となるような機種。 |
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1980 - | 沖電気工業ビジネスパソコン if800を企画開発
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16ビットシステム
1981 - | 三菱電機 MULTI16 パーソナルコンピューターの開発に参画 |
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1982- | HITACHI MB-16000 パーソナルコンピューターの開発に参画 |
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1981 - | IBM PCの開発に参画 MS-DOSの開発 |
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MS-DOSの開発 | ||
キーボードのレイアウト | ![]() |
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GW BASICの拡張 | ||
ローカルネットワークの開発 | ||
1981 - | Ethernetの標準化とXerox、DEC、Intel、(マイクロソフト) 西和彦とBlair Newman(元SUMMA Corporation(ハワードヒューズの持ち株会社))は、Ethernetの発明者であるRobert M. Metcalfeに対して、「Xerox社は、Ethernetのパテントを解放し、MACアドレス発行事業に参入するべきだ」と提言した。同時にサーバのパートナーとしてミニコンのDEC、半導体のパートナーとしてIntel、ネットワークプリンタのパートナーとして、Xeroxの3社でEthernetの普及させようとする構想を立案した。当初、マイクロソフトもMS/DOSをEthernetにつなぐということで参加する予定であったが、見送られた。その後Metcalfは、3COMを設立した。 |
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1982 - | 日本最初のEthernet I/0ボードを輸入 3COM社最初の商品である、DEC社のPDP11用Ethernetボードを輸入し、NTT横須賀電気通信研究所および東京大学大型計算センターに納入。ハードウェアは存在したが、ソフトウェアが存在せず、NTT横須賀電気通信研究所と東京大学大型計算センターからソフトウェアの調達を要請される。 |
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1983 - | TCP/IPをEthernet上のプロトコルとして採用を決断 3COMのMetcalfeと共同して当時インターネットのノード間の伝送プロトコルであったTCP/IPをEthernetの標準プロトコルとして使用することをDARPA(国防高等研究開発機構)に要請し許可され、3COMとアスキーはその販売を開始した。 |
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1984 - | PCNFSの開発 Ethernet上でファイルを共有するためのソフトPCNFSを導入し、日本語化し提供をはじめた。 |
16ビットラップトップPCの開発
1985 - | ラップトップPCを開発 このパソコンによってデスクトップIBM PCがラップトップになり、互換ラップトップブームの第一号となった。CGA完全互換の液晶コンピューターはこれが初めて。 |
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32ビットシステムの開発
1983 - | NEC PC100の開発に参画 MS-DOS 3.0, MS-Windows 1.0/2.0の企画・開発. Windowsを搭載することを前提とした世界最初のパソコン。 NEC社内の政治闘争で敗れ生産は中止された。 ハードウェアの設計は松本吉彦(東京工業大学教授)。 |
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1982 - | 初代Microsoft MOUSEの開発商用化 Microsoft Windows 1.0、2.0の開発にともないポインティングデバイスとしてマウスが注目されていたが、高価であったため、安価なマウスを作ることになり、アルプス電気のトラックボールをベースにパソコン用のマウスを初めて開発した。西の手のなかにすっぽり収まる形にした。 |
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1985 - | FM-TOWNSにCD-ROMドライブ標準搭載を進言 Fujitsuがパソコンを開発するにあたり、WindowsとCD-ROMを組み合わせた電子出版プラットフォームとしてのパソコンを提案した。ソフトがないときは最も値段の高いCDオーディオプレーヤーと揶揄されたが、その後ほとんどのパソコンにCD-ROMドライブが搭載されるきっかけとなった。 |
![]() ![]() このCD-ROMソフトはWindowsの動く全てのパソコンで実行が可能となり、ソフトウェアの独立性がはじめて多機種間、異なるディスプレイ間で確保された。 |
パソコンソフトの開発
- | MS-DOS | |
- | DR-DOS | |
- | MS-Windows 1.0, 2.0 | |
MSX-DOS |
64ビットシステム
マルチCPUのコンピューターシステムの構築
2000 - | ハイエンドパソコン・パソコンクラスタによるスーパーコンピュータの設計 | ![]() ![]() |
64ビット ワークステーション
2002 - | 日本初の64ビットPCの商品化
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64ビット スーパーコンピュータ システム
2003- | 日本最高速のパソコンクラスターを開発 AMD64ビットCPUを512基使用して、2003年日本最高速(TOP500で世界93位)のパソコンクラスターを開発 |
ハイエンドオーディオシステムの開発
2005 - | 長年続けてきたオーディオ研究をさらに発展させて事業化することを決心した。まず、静電誘導トランジスタ(SIT)を使ったアンプ、マルチビットDACを使ったDAコンバーターを開発した。スピーカーやアナログプレイヤーなど、ハイエンドオーディオ全般に取り組んでいる。 |
![]() ![]() ![]() メインアンプB1と 15インチ同軸スピーカー LC-1N、 15インチサブウーハー LC-1W |
64ビット メディアプレーヤーPC
2001 - | メディアセンターPCの商品化 |
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2002 - | 先に開発したメディアセンターPCの廉価版モデル。 |
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2008 - | マルチビット DA コンバーター | ![]() ![]() マルチビットDAコンバータ ルビジウムクロック付 |
2012 - | GPSカウンター付 ルビジウムクロック | ![]() |
2014 - | 静電誘導トランジスタ プリアンプ | ![]() |
2007 - | 静電誘導トランジスタ パワーアンプ | ![]() SITメインアンプ ![]() ![]() ![]() |
2005 - | 同軸スピーカーとサブウーファー | ![]() 同軸スピーカー サブウーハー |
中等総合教育
Teaching self management
Leadership | リーダーシップ教育 須磨学園高等学校の生徒会役員と教員推薦者を対象にリーダーとしての心得を講義。2011年から。 |
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中等教養教育
Teaching liberal arts
Liberal Arts | 高校での教養教育 |
高等メディアシステム教育
Teaching media system
Technology | メディアシステム工学 |
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高等ベンチャービジネス教育
Teaching venture startup bussiness management
Management | ベンチャー経営学 / プロジェクトマネジメント 埼玉大学・大学院 尚美学園大学・大学院 東京大学 工学部 ベンチャービジネスに必要な意志決定手法やリーダーシップ理論を学部、大学院修士課程、博士課程で講義。ビジネスの成功と失敗の本質を体系化. |
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エンスー・メカニックとしての移動体開発
- 自動車関連

WEBメディア対談:
対談:西和彦×田中栄(前編)――「だから日本車は買わない」
対談:西和彦×田中栄(後編)――「クルマはサービス業になる」
日経BPのシンポジウム:
基調セッション「『セクシー』で『クレイジー』なクルマとは」
において、西自らの自動車観を語っている。
日経BPのクライアントのために「電気自動車への移行の近未来」というコンサルティングを行った。
- 船舶関連

ヘリコプターと同じようにGPS、魚群探知機、自動操縦、近海用安全装置、燃料タンク増漕、エンジンチューンアップなど、その船体には大きめの航法システムを搭載したクルーザーを設計。この船舶は後に安全性が評価され事業用に売却された。

- 航空機関連
1989年(平成1年)長年の夢であったヘリコプター(350B2)を購入(JA6066)し、GPS表示機、自動操縦、水上着水フロート、燃料タンク増漕など、その機体には大きめの航法システムと安全装置を企画設計し、フランスのエアロスパシアル社で立ち会い実装した。ヘリコプターは後にオーストラリアに売却した。

2010年(平成22年)マイクロソフト時代の同僚であったバーン・レイバーンが創立したEclipse Aviationの超小型プライベートジェットの販売を日本代理店として企画、CA13の対空証明に向けて書類を作成した。その後、Eclipseのオーナーが代わり、日本への輸入はなくなり西は航空機輸入事業から撤退した。

2008年(平成21年)米国のAIR FORCE ONE、NEACAPなどの調査研究を行い、「政府専用機のあるべき姿」についての提案をまとめ、航空自衛隊に提案、 政府専用機 747の改修時に提案は一部採用された。

建築・都市開発企画研究
オフィス・オフィスビルディング | 代々木オフィスレイアウト デザイン | |
代々木プライベートライブラリー デザイン | ||
神戸ミュージアムタワーアパート デザイン | ||
神田TSビル リノベーション | ||
上野中央ビル リノベーション | ||
大宮テレビタワー プロジェクト | ||
六甲アイランドタワー プロジェクト |
住宅・集合住宅 | 旧吉田五十八邸 レストア |
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NYトランプパーク インテリアデザイン | ||
パリ Apartment インテリアデザイン | ||
白金アパート レストアー | ||
須磨マンション リノベーション | ||
八ヶ岳ログハウス プロジェクト | ||
原宿集合住宅ビラデステ プロジェクト |
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葉山アパートプロジェクト |
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神戸北野レジデンス 開発プロデュース |
リゾート開発・ホテルデザイン | アマンタミ 基本計画 | |
アマンニワ(アマン京都) 基本計画 | ||
アマンウミ 基本計画 | ||
アマンサマーパレス(アマン北京) 電気、情報系設計 | ||
サーフサイドビレッジ三崎 プロジェクト | ||
高島白浜リゾート プロジェクト | ||
西表島ビーチリゾート プロジェクト | ||
古今青柳鳴門 レストラン プロデュース | ||
京都龍安寺 龍仁堂ホテル プロデュース | ||
旧軽井沢ホテル アンド レジデンス プロデュース |
キャンパス開発 | 須磨学園板宿キャンパス 改修マスタープラン | |
須磨学園会下山キャンパス 改修マスタープラン | ||
日本先端工科大学(仮称)小田原キャンパス 改修マスタープラン |
大規模都市開発 | つきだてエアーソフトキャンパス プロジェクト | |
津市工業団地開発企画プロジェクト | ||
神戸箕谷物流センター 開発プロデュース | ||
伊賀市夢ポリス工業団地 開発プロデュース |